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●雑記

1人用<秋>の新作ゲーム制作。

必要情報の精査をする。

カードの枚数は確定したが、

シートが予定枚数で収まるかどうか。

それと遊びやすいかどうか。

色々詰めていく。


ゲームを作る。

<再現性>について。

繰り返しその作りたいという思いを

どのように維持していくのか。

若しくは萎えていく気持ちを

どうやって思い立った時の様に

盛り上げていくのか。

それが<再現性>。


実際、具体的な行動は人によって異なると思う。

作りたいと思った切っ掛けの

ゲームをやるとか、

人に喜んでもらったからその時をイメージするとか、

絶対に見せたい絵があるとか、

知ってほしいシチュエーションがあるとか。

または、

売れるから形にしたいので、

金持ちになった自分を想像するとか、

量販店から仕入れしてもらう事を想像するとか。


こういう思いは

情熱であり、

その言葉通り

熱

である。

熱は

放熱する。

どれだけ熱くても

放熱する。

放熱とはエネルギーの拡散である。

このエネルギーとは、

上にもある通り

情熱である。

だから、

どれだけ情熱を持っていても、

自動的にその思いは

徐々に失われていく。


はっきり言おう。


長期にわたる維持は無理だ。


だからこその

<再現性>

という言葉であり、

そこには

再点火

という意味が込められている。

思い起こすのだ。

その情熱を。


だが思い起こすたびに

同じ情熱だと、

消失するエネルギーが大きい事に気づくだろう。

だから

情熱を持ち続けるコツは、

再点火時に

少し

その情熱を押さえる事である。

気持ちは持ちつつ

熱量自体は少しずつ抑えていく。

そして繰り返し

徐々に抑えながらも

再点火を繰り返す。


最終的には

きわめて日常に近くなる。

日常とは

いつもの日々の事であり、

いつもの日々とは、

常に繰り返す日々の事である。

常に、

である。


常にゲームを作っている日々。


これこそが<再現性>である。

これは様々な事においても云える事で、

位置にちょっとずつ歩こう、

とか、

毎日一ヶ所ずつ掃除しよう、

とか、

毎日野菜をとろう、

とか、

そうした事全てにおいてである。


情熱を日常に近づける。

日常の重要。

 
 
 

●雑記

1人用<秋>の新作ゲーム制作。

デザイン作業。

いろいろ工夫をしている。

情報量は少ないカード類になるが、

それだけに考える必要のあるゲーム性となる。

それに見合うデザインという事で、

今色々やっている最中。

作っている時は

本当に楽しい。



<再現性>について。

これは自分の気持ち、

作り手の気持ちについての話だった。

例えば「A」というゲームを作りたいという気持ちで

ここまで来たとしよう。

その気持ちは保てているか?

である。

気持ちは

情熱

出もあるので、

強くなったり弱くなったりする事はある。

それはいい。

問題はそれが無くなったり変わったりしてしまう事である。

無くなる事はよくある。

具体的に考えていくと

おや? それ程でもないな

となって白けてしまったりするのだ。

だからこれは分り易い。

自分の中の変化が捕らえやすい。

だが、

変わってしまう場合、

これは自分でも認識しづらい場合がある。

「A」を作っていたはずなのに、

いつの間にか

「A'」を作ろうとしていた

など何故か話が広がりつつあったり、

「AAA」など

逆に気持ちだけが先行して大作志向になったりしているのだ。


絶対にダメなわけではない。

もう一度、この気持ちを作り直せばいいだけだ。

言い換えれば、

「A'」となった気持ちが再び確認できれば、

それは<再現性>があると言っていい。

だがこれを繰り返していては

一向に話は進まない。

物語を考えて

名作ができた!

といって一向に何も書かない状態と同じである。

ここで話しているのは

ゲーム作り

なので、最終目標はゲームを作り上げる事である。

その為にはこの

<再現性>がころころ変わらない方が

先に進む。

もっと言えば

ゲーム作りの話であって、

絶対に売れるゲーム作り

の話ではない。

まずは作り上げる事、

それを経験する事こそが

大事であり、

その経験が

成功に繋がっていくと考える。

その為、

<再現性>は

ゲームを作り上げる為の

エンジンにも障害にもなりうる。

 
 
 

●雑記

1人用<秋>の新作ゲーム制作。

デザイン開始。

でもまだシナリオ的な部分もある。

色々やる。


ちょいちょい注文もいただいております。

ありがとうございます。



ゲーム作り。

<目的>の具体例の続き。

最初の感情は

楽しそう

となった。

じゃあこの最初とは何処なのか?

答えを先に行ってしまえば、

ゲーム開始前

である。

それは例えば、

ゲームを開始する為の準備の時だったり、

順番を決めている時だったり、

だ。

まだアイデアを作る前の段階だ。

だから

<かく>書く

と合わせると、


準備:楽しそう


となる。

そして準備をしているのだから

プレイヤーはルールや目的がはっきりとわかっている状況

という事になる。

繰り返すがまだアイデアの前段階である。

となると


準備:楽しそう:目的が明確な状態


となる。

では次の段階は何処なのか?

それは当然

準備が終了したのだから


ゲーム開始時


となる。

プレイヤーがゲームを開始したら

どんな感情を持ってほしいのか?

当然

考える

という行為をするだろう。

考える

とはゲームを行っている状態を示すのだ。

だから

考えない

ゲームは存在しないといってもいい。

まあ、何にでも例外はあるだろうが。

だが敢えてそうだという。

では、どう

考える

のか?

自分であれば

何を

考える

のが楽しいのか?


考えるのが楽しい


これは不可解である。

何故なら

考える

の一般的な行為は

問題

に対してであり、

問題

とは厄介な事だからだ。

厄介なことを楽しい

とはならない。

勉強が楽しいとならない人が多い理由である。


じゃあ駄目じゃないかと思う向きもあるだろう。

違うのだ。

やはり

考えるのが楽しい

は存在するのだ。

答えを先に言えばそれは


達成感


である。

という事は

ゲームを開始して考える事とは、

どう達成するのか

を考えるという行為であり、

その達成の瞬間こそが

楽しいのである。


という事は

ゲーム開始時に

考えるのが楽しい

とはこのゲームを繰り返し遊ぶ動機でもある。

ゲームをプレイする必須条件と言ってもいい。


なので


準備:楽しそう:目的が明確な状態

ゲーム開始時:考えるのが楽しい


となる。

こう来れば次は明確で

ゲームプレイ時

となる。

ここまで読んで、

アレ?

と思ったかもしれない。

「これってゲーム開始時と変わんなくね?」

と。

そう、変わらない。

変わらない、

が、

段階は異なる。

逆に言うと

ゲーム開始時とゲームプレイ時の感情が同じであれば、

ゲーム自体する必要が無い

という事になる。

だが、ゲームをプレイするからには

そこに何か別の要素が存在するのだ。

それは


意外性


である。

対戦ゲームであれば、

ゲーム開始前に予定していた戦略が、

相手の行動によって変更を余儀なくされるように、

一人用であれば、

組み合わせによる見落としや、

ランダム要素による予想外の結果によってもたらされる、

予定外のトラブルの事である。

そう、

ゲームプレイ時には

ゲーム開始時には無かった

この

意外性

が追加されるのだ。

これが無いゲームには2回目というものが存在しない。

例え2回目のプレイをしたといっても、

それはプレイではなく

リプレイである。

なので


準備:楽しそう:目的が明確な状態

ゲーム開始時:考えるのが楽しい

ゲームプレイ時:考えるのが楽しい+意外性


となる。

では最後は何か。

それはもちろん

クリアー時

である。


個々には作り手のオリジナリティが沢山詰め込める部分である。

なので

クリアー時

の感情は色々と作れるだろう。

しかし上の方でいった


達成感


は必須と思っていい。

この達成感に対して

追加の感情を色々と追加する事で、

終わり良ければ総て良し

の印象に残るゲームとなる。

まとめると


準備:楽しそう:目的が明確な状態

ゲーム開始時:考えるのが楽しい

ゲームプレイ時:考えるのが楽しい+意外性

クリアー時:達成感+α


となる。

 
 
 

・13歳~

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