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●雑記

1人用<秋>の新作ゲーム制作。

説明書とデザインを並列作業。

雰囲気と解りやすさを求めていきたい。

そして急ぐ。


PS vitaのバッテリーを入れ替えた。

勝ったバッテリーが前期型だったので

無理くりはめたら割れてしまった。

後期型を買わなければいけないのか。

でも動く。

怖い。

けど動く。

どうしよう。

買うか?


ゲーム作り。

<中身>。

今までの

<かく>

<目的>

<再現性>

は具体的で詳細な作り込み前の

外面の話になる。

この外面とは

商品を売る際の

宣伝文句やキャッチコピーの

土台

となる。

即ちそれを知ったお客さんが

「うわっ、欲しい」

となる最初の情報源である。

そこにきて

<中身>

である。

当然の流れだが、

ここでいう

<中身>

はまだ具体的な段階ではない。

勿論、具体的なアイデアに入ってしまっても問題は無い。

だがここの

<中身>

とは先に答えを言えば

方向性

の事である。

そしてその方向性は

全くの自由ではない。

そう、

既に外面が決まっているからだ。

なのでここでいう

<中身>

とは外面に合わせた方向性

という事になる。


例えば

今までの外面が

強力プレイで困難に立ち向かいそうな雰囲気であるのに、

実は騙しあい殺しあうゲームであったなら、

「ちょー意外、やったぁ」

とはならない。

「え? あれ?」

となる。

これを意図してやったとしても

同じである。

意図した場合は、

ユーザーに勘違いさせる意図があったという事で、

勘違いさせるとは

言葉を選ばずに云えば

詐欺でだましてやろう

と言い換えられるのだ。

勿論、作り手に

そこまで犯罪的な思いがある事は

本当にまれだろう。

だがお金を払って

購入した側からすれば

「んだよこれ、騙された~。サギだサギ」

という言葉が出ようというもの。


なので

ここでいう

<中身>

とは

今までの内容を考慮して

方向性を決める

という行為である。

 
 
 

●雑記

1人用<秋>の新作ゲーム制作。

必要情報の精査をする。

カードの枚数は確定したが、

シートが予定枚数で収まるかどうか。

それと遊びやすいかどうか。

色々詰めていく。


ゲームを作る。

<再現性>について。

繰り返しその作りたいという思いを

どのように維持していくのか。

若しくは萎えていく気持ちを

どうやって思い立った時の様に

盛り上げていくのか。

それが<再現性>。


実際、具体的な行動は人によって異なると思う。

作りたいと思った切っ掛けの

ゲームをやるとか、

人に喜んでもらったからその時をイメージするとか、

絶対に見せたい絵があるとか、

知ってほしいシチュエーションがあるとか。

または、

売れるから形にしたいので、

金持ちになった自分を想像するとか、

量販店から仕入れしてもらう事を想像するとか。


こういう思いは

情熱であり、

その言葉通り

である。

熱は

放熱する。

どれだけ熱くても

放熱する。

放熱とはエネルギーの拡散である。

このエネルギーとは、

上にもある通り

情熱である。

だから、

どれだけ情熱を持っていても、

自動的にその思いは

徐々に失われていく。


はっきり言おう。


長期にわたる維持は無理だ。


だからこその

<再現性>

という言葉であり、

そこには

再点火

という意味が込められている。

思い起こすのだ。

その情熱を。


だが思い起こすたびに

同じ情熱だと、

消失するエネルギーが大きい事に気づくだろう。

だから

情熱を持ち続けるコツは、

再点火時に

少し

その情熱を押さえる事である。

気持ちは持ちつつ

熱量自体は少しずつ抑えていく。

そして繰り返し

徐々に抑えながらも

再点火を繰り返す。


最終的には

きわめて日常に近くなる。

日常とは

いつもの日々の事であり、

いつもの日々とは、

常に繰り返す日々の事である。

常に、

である。


常にゲームを作っている日々。


これこそが<再現性>である。

これは様々な事においても云える事で、

位置にちょっとずつ歩こう、

とか、

毎日一ヶ所ずつ掃除しよう、

とか、

毎日野菜をとろう、

とか、

そうした事全てにおいてである。


情熱を日常に近づける。

日常の重要。

 
 
 

●雑記

1人用<秋>の新作ゲーム制作。

デザイン作業。

いろいろ工夫をしている。

情報量は少ないカード類になるが、

それだけに考える必要のあるゲーム性となる。

それに見合うデザインという事で、

今色々やっている最中。

作っている時は

本当に楽しい。



<再現性>について。

これは自分の気持ち、

作り手の気持ちについての話だった。

例えば「A」というゲームを作りたいという気持ちで

ここまで来たとしよう。

その気持ちは保てているか?

である。

気持ちは

情熱

出もあるので、

強くなったり弱くなったりする事はある。

それはいい。

問題はそれが無くなったり変わったりしてしまう事である。

無くなる事はよくある。

具体的に考えていくと

おや? それ程でもないな

となって白けてしまったりするのだ。

だからこれは分り易い。

自分の中の変化が捕らえやすい。

だが、

変わってしまう場合、

これは自分でも認識しづらい場合がある。

「A」を作っていたはずなのに、

いつの間にか

「A'」を作ろうとしていた

など何故か話が広がりつつあったり、

「AAA」など

逆に気持ちだけが先行して大作志向になったりしているのだ。


絶対にダメなわけではない。

もう一度、この気持ちを作り直せばいいだけだ。

言い換えれば、

「A'」となった気持ちが再び確認できれば、

それは<再現性>があると言っていい。

だがこれを繰り返していては

一向に話は進まない。

物語を考えて

名作ができた!

といって一向に何も書かない状態と同じである。

ここで話しているのは

ゲーム作り

なので、最終目標はゲームを作り上げる事である。

その為にはこの

<再現性>がころころ変わらない方が

先に進む。

もっと言えば

ゲーム作りの話であって、

絶対に売れるゲーム作り

の話ではない。

まずは作り上げる事、

それを経験する事こそが

大事であり、

その経験が

成功に繋がっていくと考える。

その為、

<再現性>は

ゲームを作り上げる為の

エンジンにも障害にもなりうる。

 
 
 

・13歳~

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