ゲームプレイヤーマン:404~雑記~
- jza05436
- May 30
- 2 min read
●雑記
1人用秋の新作ゲーム制作。
脳みそが大変。
かなりソリッドなゲームイメージになる予定。
湿度が無いと
やはり快適。
でも
全くないとそれはそれで
今年の夏は大丈夫なのか?
という
漠然とした不安を感じる。
ゲーム作り。
<かく>
<目的>
<再現性>
<中身>
<アイデア>
<時間>
<実現性>
ここまで来たなら
そのゲームはだいぶ具体的になっている。
そのぐ遺体的なものを
より確実にする為、
次に行うのは、
説明書
である。
正直、どんなに良くできたゲームでも
どんなに前評判が良いゲームでも、
この部分が悪いと
評価が地に落ちかねない。
説明書は読んで字のごとく、
説明を書いたものなのだが、
ゲームという体験を伝えるものとしては、
もう一歩進んで考えた方がいいと思う。
それは
面白さ
である。
物語の様に
メリハリをつけたり
面白い文章や
楽しそうに伝える必要はない。
まあ
出来るに越したことは無いが。
ゲームを買った時点で、
少なくとも興味のあるユーザーなので、
説明書にはルールを伝えるテキスト以外に、
「なるほど、こうするゲームなのか」
と明確に目的が伝わる事が重要で、
これが
プレイした際に、
面白さとなって伝わるものが
良い説明書だと考える。
だから内容はたんぱくでもいい。
どんなに細かいルールであってもいい。
ただし、目的が明確で
ユーザーが納得するものである事が必要なのだ。
良く自由度の高さを謳うゲームがある。
何をしてもいいゲームだ。
この場合、明確にすべき目的は、
自由
である。
ファンタジーRPGでボスを倒す目的のゲームがある。
でもそれをやらずに寄り道を楽しむユーザーもいる。
じゃあ目的が違っても楽しめるじゃないか
と、思う向きもあろう。
違うのだ。
目的と違う事をやっている状態が楽しい
のだ。
即ち、
目的
という明確な答えがあるからこそ、
そこから外れる楽しさを見出しているのだ。
目的が無ければ目的から外れる
という事も出来ないという事だ。
説明書であれば、
いきなりそれから始まってもいいくらいなのだ。
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